究極のグルメPart2~珍獣の味

東京で普通に生活しているとなかなか珍獣を食べる機会がない。
そこで僕は地方や海外に出た時、珍獣がメニューに載っていると必ず食べることに
している。
世の中には「え?」と思うような動物を食べてしまう人たちがいるものである。
その幾つかを紹介することにしよう。

【とど】
今月長野県岡谷市の「七厘家」という店で「とど」の刺身を食べた。
「とど」とはあの海にいる「とど」のことである。
海のない長野県で「とど」を食べることになるとは想像もしていなかったことであるが、この時とばかりに「とど刺し」を注文した。
皿を見てびっくりしたのは肉の色が紫色をしている。
血がワインレッドを濃くしたようなどす黒い色をしていて、その血が滴る肉であるがゆえにその肉は紫色に近い色をしている。
とても人間が食べるようなものではなく思えるのであるが、よく考えればエスキモーの人たちは生で食べている。
エスキモーが食べられて僕が食べられないはずはない。
そう考えて自分を落ち着かせて紫色の生肉を口に運んだ。
肉は薄くスライスしてあり、凍っている。
凍った肉は舌の上でどろりと蘇る。
味を表現するのは難しいが、いわゆる野生の味がする。
それでも凍っているせいか臭みはそれほどではなく、食べられる味である。
まずくはないが他の料理を差し置いてわざわざ食べなくても良いかなという感じである。
次にその肉を焼いてみた。
これはいただけない。
焼くと強烈な臭みで楽しめない。
そういえばエスキモーも海獣を凍ったまま食べていたような気がするが、あれは火を起こせないのではなく、焼くとまずくて食べられなくなるからであると納得。

【熊】
この「七厘家」では「とど」以外にも様々な珍獣の刺身・焼肉を提供してくれる。
「熊」の刺身も注文してみた。
やはり同じようにスライスさせて凍らせてあった。
色は赤紫。
「とど」と同じような系統の野生の味がする。
「とど」より「熊」の方がその臭みが強いので好き嫌いが別れるだろう。
「熊」は焼くと黒色になり、何とも意味不明な物体になる。
やはり「熊」も焼くと臭みが増す。

【ワニ】
その日は「ワニ」の刺身も食べた。
僕は以前ワニのグリルを東京の麻布にある「ジャマイカンカフェ」(現存するかは不明)で食べたことがあった。
「ワニ」は鶏肉と白身魚とイカを足して三で割ったような(三で割らなくても同じ味であるが、、、、)そんな歯ざわりと味であったと記憶している。
「ワニ」は「とど」や「熊」と違って野性味がなく、淡白である。
でもこの「ワニ」をわざわざ刺身で食べてしまうその精神的構造がいまいち理解で
きないのであるが、メニューに載っているので注文してみた。
確かに「とど」を刺身で喰っている人たちはいる。
しかし、世界のどこに行っても「ワニ」を生で食べる習慣があるとは到底思えない。
東南アジアではそもそも生食の習慣がなく、中国ですら全ての肉類は火を通す。
アジアでは日本と韓国だけが生食の習慣を持つと認識しているが、日本と韓国では「ワニ」は獲れない。
とすると、理論的に考えて、少なくともアジアには「ワニ」を生で食べる人はいないことになる。
とすると、正確には「ワニのカルパッチョ江戸風」とでも表現するべきであろうか。
そこで味の方は白身魚そのもの。
歯ざわりが高野豆腐を更にきめ細かくしたような、つまりスポンジ風の食感である。
ま、刺身なら白身魚の方が美味しいから、「ワニ」に関しては焼いて食べたほうが楽しめるだろう。

【らくだ】
中国人は更にいろいろな珍獣を食べてしまう。
去年北京を旅した時、ホテルのレストランで「らくだ」を食べた。
あんな動物を食べてしまうとは、よっぽど「らくだ」が美味しいか、よっぽど中国人がひもじいかどちらかに違いないと思って興味津々で「らくだのあんかけ」を注文した。
これは本当にまずかった。
薄くスライスした肉を使っているにもかかわらず、ゴムみたいで噛み切れず、タイヤを食べているような感じだった。
こってりとしたあんかけにしているのであるが、やはり野性味が強く、「とど」や「熊」よりも匂いがきつい。
肉が砂でジョリジョリしていて、全身砂肝状態なのではないかと予想していたのだが、さすがに砂は混ざりこんでなかった。
「やっぱりな」と思ったが、らくだの姿から想像するに決して美味しそうではない。
聞くところによると、中国では「象」も食べてしまうらしいが、最近では数が少なくなってきてなかなか食べられないそうだ。
一度「象」を食べてみたいと思うが、絶対に美味しくないと確信している。

【猫】
中国の広州あたりを旅していると、猫を食べてしまうことになる。
「食べてしまう」というのは、そのことばの通りで、本人が意識していなくても食べてしまうのである。
これは、猫がスープのダシに使われているからである。
「このスープ美味いな」と思って店員に聞いてみるとダシに「猫」を使っているという。
また、この「猫ダシ」のスープが本当に美味しいのである。
広州で美味しいスープを飲んだあなた!
あなたは「猫」を食べている、と脅しておこう。
広州の市場に行くと様々な動物が食用に生きたまま売られているのであるが、決まって猫と犬も同時に売られている。
これはペットとしてついでに売っているのではなく、当然に食肉として扱われているのだ。
市場を見るとその地域の食文化を垣間見ることができるのであるが、中国各地の市場の中ではとりわけ広州の市場が一番ショッキングである。
猫以外にもサソリやらアライグマやらセンザンコウやらと、食べてしまって良いのであろうかと考えてしまうようなキャストが揃っている。
僕は毎回広州に行く度に新しい挑戦をすることにしている。

【まんぼう】
僕が小学生の時、鴨川シーワールドに「まんぼう」がいて、それを見てあまりのあわゆさに「まんぼう」ファンになってしまったのであるが、それから13年後、僕は「まんぼう」を食べていた。
「あんなに重宝に飼育されているかわいい魚を食べてしまうなんてとんでもない!」
という気持ちと「どんな味がするのか試してみたい」という気持ちが戦ったのであるが、当然に後者が勝った。
僕が初めて「まんぼう」を食べたのは6年前の伊豆高原である。
国道沿いに「満望亭」(まんぼうてい)といういかにも「まんぼう」を食べさしていると思わせるようなネーミングの店がある。
入ってみると案の定「まんぼう」料理があった。
僕が注文したのは「まんぼうの刺身」と「まんぼうのてんぷら」。
刺身は味も食感も帆立に近い。
あっさりとしていて淡白で、言われなければ本当に帆立と間違えてしまう。
一方てんぷらはイカのてんぷらとそっくり。
こちらも言われなければイカのてんぷらと間違えてしまう。
「まんぼう」さんごめんなさい。
「君はうまい!」
「まんぼう」は特別に漁をしているわけではなく、たまたま網に引っかかることがあるらしい。
だから「まんぼう」は漁師がこっそりと船上で鍋にして食べるような、そんな神秘的な食べ物なのである。
ところが最近はたまに「まんぼう」が築地に出るようになった。
場内市場を歩いていると時々売られているのを発見することがある。
見つけるとすかさず買って帰り、家で寿司飯を用意して、こっそりと「まんぼうの握り寿司」を作るのが楽しみになっている。

【いるか】
僕は小学生の時イルカと友達になって以来、イルカが大好きである。
ここから先は「まんぼう」の時と同じでもう分かったと思うが、一応書こう。
大学生の時、友達であるはずのイルカを食べていた。
「いるかって一体どんな味がするんだろう」という強い好奇心に負けたのだ。
静岡県沼津のダイエーで「いるか肉」が売られているのを発見してしまったのである。
「いるか」を食べるのは悪であると思っていたが、昔は日本でもよく食べていたらしい。
特に静岡県では日常的に「いるか」を食べていたようだ。
どちらかと言うと安価で庶民の食べ物であったらしい。
本来「いるか」は火を通すと硬くなるので、長時間煮込んで食べるのであるが、それを知らずに僕はグリルにして食べようとした。
そうしたら本当にがちがちに固まってしまって、歯が折れそうになりながら無理やりかじりつく羽目になった。
もし食べ残したら申しわけないと思い、気合で全部平らげたのであるが、決して美味しいものではない。
どちらかというと鯨のほうが全然美味しい。
あのあどけない顔に似合わずとても野生臭い味だった。
後日NHKニュースで見たが、愛知県かどこかで年に一回いるか漁をやっているという。
年間200頭程度食用として捕まえているようだ。
食べた本人が言うのもなんだが、「いるか」は頭がいいだけに、その漁の風景はとても見るに忍びなく、心を痛めた。
でも、「いるか」1頭の命の価値と、「まぐろ」1頭の命の価値は同じで、「いるか」だからかわいそうという考え方はおかしいと思いつつも、いろいろと考えさせられた。

平成14年4月29日 東京の自宅で
竹田恒泰