もったいない!

平成17年3月、「もったいない」という日本語が環境保全の合言葉として世界的に知られることになった。これは国連の「女性の地位委員会」閣僚級会合で、ノーベル平和賞受賞者でケニア環境副大臣のワンガリ・マータイ氏が演説し、日本語の「もったいない」を環境保全の合言葉として紹介し、会議の参加者とともに唱和したことによる。

マータイ氏はこの日の演説で「『もったいない』は消費削減(リデュース)、再使用(リユース)、資源再利用(リサイクル)、修理(リペア)の四つの『R』を表している」と解説し、「MOTTAINAI」と書かれたTシャツを手に「さあ皆で『もったいない』を言いましょう」と呼びかけ、会場を埋めた政府代表者やNGOの参加者とともに唱和したという。さらにマータイ氏は「限りある資源を有効に使い、みなで公平に分担すべきだ。そうすれば、資源をめぐる争いである戦争は起きない」と主張した。

参加者全員で「もったいない」を唱和する場面は誠に微笑ましいものがある。このように日本語が世界に紹介されることは大変誇らしい報せである。また「もったいない」を世界に紹介したのが日本人ではなく、ケニアの方だったことはより意義深いことである。だがこのニュースで最も注目しなければいけないのは「もったいない」という、日本ではごくありふれた言葉が英語に存在していない事実である。

我々日本人は「もったいない」を様々な場面で使用している。例えばモノを捨てようとした時の「もったいない」、食事を食べ残した時の「もったいない」、電気や水を浪費した時の「もったいない」その他挙げたらきりがない。日本人は日常生活の多くの場面で「もったいない、もったいない」といいながら、資源の消費を抑え、モノを大切に使い、不要なモノも使いまわし、そして壊れても直して使ってきた。そしてそれが美徳であると称えてきたのだ。 この感覚は障子が破れた時の対応に象徴される。日本の家庭では子供が障子を破っても千代紙などを切って張ることで修復される。千代紙で修復された障子は前よりも美しく、また微笑ましいものになる。一方欧米では子供が扉を破ったとしても扉ごと新品に交換される。これが「もったいない」感覚を持つ社会と持たない社会の違いである。

日本人は古代より万物に霊魂が宿り、人は大自然の恵みにより生かされていると考えてきた。それが自然への感謝の気持ちとなり、「もったいない」という感覚を持つことにつながった。一方キリスト教は「神は大自然の支配者として人間を選んだ」と教えており、「もったいない」という感覚が今まで芽生えることはなかったのである。

20世紀までは「もったいない」を持たない社会でもよかった。むしろ「もったいない」を持たない社会であったからこそ文明社会が成立した。しかし、21世紀以降は世界中を「もったいない」を持つ社会にしなければ人類は存続していけなくなったのだ。 欧米人が「もったいない」の存在に気付いたということは、人類もまだまだ捨てたものではないといえる。

竹田恒泰
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