地球は温暖化しているか?

京都議定書発効!
平成17年2月16日、国際的な懸案となっていた京都議定書がついに発効した。京都議定書は141の国と地域が批准しており、議定書が発効したことで、その内先進国は2012年までに温室効果ガスの排出削減目標を達成する義務を負うことになった。 しかし、当初ロシアは温暖化を歓迎する声明を発表していたし、アメリカが「温暖化は起っていない」と言い放って京都議定書の批准を拒否しており、この国際的議論の一連の流れに、何か漠然とした不自然さを感じた人は多いのではないか。その「漠然とした不自然さ」の原因を本文で明らかにすることを試みる。

1970年代生まれの私は小学校で「今地球は寒冷化していて将来氷河期に入る」と習った。読者もこの頃には地球寒冷化の話を一度は聞いたことがあるはずだ。しかし1980年代後半に入ると今度は全く逆転して「二酸化炭素による地球温暖化説」が謳われるようになったのである。そのわずか10年程度の間に、通説である「地球寒冷化説」を覆すだけの学問上の発見はない。だが、何の前触れもなく「地球温暖化説」が通説に取って代わっていたのだ。

実はそれよりもだいぶ以前から学会の最先端では「地球寒冷化説」と「地球温暖化説」が対立しており、その議論は未だ決着に至っていないのが現実である。それにもかかわらず「地球は温暖化している」、「その原因は人類が排出する温室効果ガスである」と国際社会が無理に決め付けようとしたことが、この「漠然とした不自然さ」の原因なのだ。 では、なぜ「寒冷化説」が「温暖化説」に替わったのだろうか。ここに政治的な意図の存在を感じるのは私だけではないはずだ。「二酸化炭素を出さない原子力が世界を救う」といった、原子力を推進するために温暖化説が唱えられていると見てよい。寒冷化の研究には予算が付かないが、温暖化の研究には膨大な予算が付く。

人類の無知

しかし、人類が育んできた科学のレベルは、実は地球の温暖化を予測するほどの精度は持ち合わせていない。温暖化は一つの学説にしか過ぎず、学会では結論に至っていないのである。例えば人類はいまだ魚が泳ぐ、蛇が進む、虫が空を飛ぶといった基本的なメカニズムを解明できていない。例えば蚊が空を飛ぶ仕組みは、最先端の流体力学を駆使しても説明不能なのだ。つまり、羽を動かした時に生ずる揚力と、羽の周波数が高まった時に生じる乱気流を比べると、計算上常に乱気流の方が大きくなり、理論上蚊は空を飛ばないことになっている。しかし蚊は飛んでいるのであって、科学は蚊の飛ぶ仕組みをいまだ説明できないでいる。

しかも気象学は、数ある科学の学問分野の中で最も発達が遅れている。ライト兄弟が飛行機を飛ばしてから僅か百年余り、また人類が深海に行くようになって僅か十数年の歴史しかなく、地殻の下にあるマントルへは到達したこともないわけで、地球のことはまだあまり分かっていない。気象学はまだ始まったばかりの浅い学問分野である。その未熟な気象学は明日の天気もろくに言い当てることができないのであり、まして百年後の気候など分かるはずがない。 ところが温暖化説に決定的権威を与えたのはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告である。これを受けて温室効果ガスの排出削減を定めた京都議定書が立ち上がった。IPCCの最終報告によると、「ここ100年で地球の温度は0.3三度上昇した」らしい。

しかし100年前の温度計は誤差が約0.3度あり、最も精度が高いものでも0.1度は誤差があった。つまりIPCCの報告は、世界の気温は「ほとんど上昇していない」と示していることに他ならない。精度の異なる計測器で測定したデータを同列に比較することが無意味なことは中学校の理科で学習するはずだ。そもそも国際度量衡会議が公式の温度目盛を採用したのは1927年になってからであり、100年前には温度の共通の単位すら存在していなかったのだ。しかもその頃アフリカや南米などには国家が存在していない場所が多く、太平洋・大西洋・極地などの百年前の温度データは皆無に等しいのであり、当時の地球の温度を正確に知ることはできない。

濡れ衣を着せられた二酸化炭素

ただし、0.1度単位の温度の詳細は知ることができなくとも、世界の気候の大まかな変化の傾向は、極地の氷などを調査することで知ることができる。たしかに、地球の温度は長期的には上昇傾向にあることが見て分かる。しかし、その上昇傾向は1880年代から始まっており、それは今から125年の昔のことで、石油文明が成立する遥か以前である。そのことから、温暖化傾向にあるのは人類が排出する二酸化炭素が原因でないことは明確である。

また、二酸化炭素が増えたことで温暖化になったのか、それとも逆に、温暖化になった結果二酸化炭素が増えたのか、この点についても学会では結論に至っていない。京都議定書の考え方は、二酸化炭素が原因で温暖化していることが前提となっており、原因と結果が逆であれば、まったくトンチンカンな議論になってしまう。

海水の温度が上がると二酸化炭素が溶けていられなくなり、海は二酸化炭素を吐き出す。また地球で二酸化炭素を最も多く抱えているのは海である。そのため海が気候に与える影響は大きく、決して無視できるものではない。このように温暖化が原因で二酸化炭素が増えたという学説も強く主張されているのだ。 温暖化説を主著する学者は、「二酸化炭素濃度と温度が同時に上昇しているので、温暖化の原因は二酸化炭素だ」と決め付けるが、これは詭弁である。同じ傾向の二つの統計があったとしても、それだけで両者の因果関係を説明することができないことは統計学上の常識である。ここ十年来少年犯罪が増加しているが、少年犯罪が増加すると地球の温度が上昇するといっているのに等しい。

地球が長期的には温暖化傾向にあることは既に述べたが、百万年単位の超長期的に観察すると、寒冷化している。地球は数百万年単位で温暖期と寒冷期を行き来していることは疑いの余地がないが、温暖期から寒冷期に向けて急速に地球が冷えている途中で人類が発生している。地球の温度変化のグラフを見ると、年単位、100年単位といった短いスケールで眺める場合と、100万年単位、1億年単位といった大きなスケールで眺める場合で、全くグラフの見え方が異なるし、そもそも地球の温度変化は触れ幅が大きい。したがって、単に「温暖化している」という言葉には全く科学的に無意味なのだ。

地球は温暖化していない

一方、短期的にはどうなのか検証してみることにする。2004年の夏、日本は真夏日が観測史上最多の70日を数え、記録的な猛暑に見舞われた。そしてマスコミは「温暖化の影響」であると大きく伝えた。史上2番目の猛暑は真夏日が67日だった2000年、そして3番目は1994年の66日であることから、近年猛暑が続いているかのように見える。しかし同率第3位に1961年があり、第5位の65日は1950年、第6位の64日は1894年(明治27年)と、上位6位の内、半分の3例は40年以上昔である。近年ばかりでなく、昔も暑かったことが分かる。 しかも、2003年の日本は真夏日が僅か38日という冷夏に見舞われた。2002年の北海道は30年ぶりの冷夏、2000年の冬は東京で記録的な大雪が観測されたのを覚えているだろうか。そして忘れもしない1993三年は真夏日が19日という、観測史上最も寒い夏を記録し、米を緊急輸入した。

マスコミは寒くても報道しないが、熱いと「温暖化」だといって報道する。しかし現実は、熱かったり寒かったりしているのであり、近年特別温暖化しているわけではない。それどころか、アジアでは逆に平均気温が降下する傾向があり、また10年間駿河湾の定点で海の温度を測定した記録によると過去10年間で最も海の温度が低かったのは2001年であった。 しかし近年冬に氷が張らない、雪が降らないと言う声をよく聞く。ところがそれは地球規模の温暖化ではなく、都市部の廃熱が地域的な気象を変化させている、ヒートアイランド現象である。世界中の温度計の大半は都市部に設置されている。それらの温度計が捕らえたのは「温暖化」ではなく「ヒートアイランド現象」なのだ。地域的な気象変化と、地球規模の気候変化は全く異なる。総合的には、都市部の温度は上昇しつつも地球規模では寒冷化が進んでいると判断するのが妥当である。

温暖化は人類を救う

そもそも温暖化は悪いことなのだろうか。温暖化すると海面が上昇するといわれるが、それも一つの学説に過ぎない。南太平洋のツバルが海面上昇により国土が失われようとしていると指摘されているが、もし本当に海面が上昇しているのであれば、海は一つであるから、世界中の海面が同時に上昇していなければならない。 しかし、アメリカ東海岸などでは海面は上昇どころか、逆に降下していることが観察されている。これは、実は海水面の上下ではなく、地盤の上下の問題なのだ。地球表面の地殻プレートは常に動いており、ツバルなどでは、海面が上昇しているのではなく、島自体が沈降していると考える方が自然である。ハワイ諸島も火山の上に位置するハワイ島以外の島は、プレートが西に移動するに従って沈降していることが確認されている。ハワイ諸島では西方の島ほど小さいことからもうなずけるだろう。

海水面上下変化を証明しようとしたら、地球の中心部からの距離を測定する他ないが、地球の半径は約6000キロメートルあり、これだけ長い距離をミリ単位で計測することは、残念ながら人類の科学では不可能である。GPSですら約10メートルの誤差が生じる。つまり、海水面の上下は計測不能なのだ。 しかも、仮に温暖化で極地の氷が溶けたとしても、溶けるのは極地周辺海域に浮いた氷であり、浮いた氷はいくら溶けても決して海水面を上昇させない。氷の入ったジュースを放置して、全ての氷が溶けたとしても水面は上昇しないことは経験的に知っているだろう。温暖化しても極地は依然として零下であることに変わりがなく、氷が溶けるのは周辺の海域に浮遊した氷に他ならない。

その上、仮に温暖化した場合、海は水蒸気を吐くことになり、世界的に湿度が上昇することは必至である。その場合、湿った空気は容赦なく極地にも運ばれ、結果的に極地の氷を厚くさせることになる。これは海水面を降下させる要因になる。現在よりも気温が高かった縄文時代は、今よりも海水面が低かったと考えられていることからも、温暖化による海面の降下説は信憑性があるのだ。 それどころか、温暖化は人類に大きな恩恵をもたらす。二酸化炭素濃度が高くなると植物の光合成が促進され、農地では単位面積あたりの収穫量が増加することになる。また、シベリアは永久凍土に覆われているが、凍土では決して農耕はできない。しかし温暖化が進むと、凍土が溶けて農耕地となると考えられ、ロシアは一大農業国に生まれ変わり、莫大な利益を得る。つまり、温暖化が進めば農地が増える。逆に少しでも寒冷化が進むと、農耕可能な北限が南下することになり、多くの農地が失われるのだ。

温暖化という宗教

温暖化は宗教である。オウムは科学に基づかない終末説を信者に信じ込ませ、それを回避するために信者に行動を即して大規模な犯罪に至ったが、それに似ている。何か大きな災害が起こることを予言して人々の不安を煽り、それを避けるために準備を促す。これは問題のある新興宗教が用いる常套手段ではないか。 温暖化を唱える学者でさえ、それが一つの学説に過ぎないことは充分承知している。そのえで「将来もしかしたら温暖化で大変なことが起るかもしれないから、そうならないように行動を起こそう」というのであり、これは科学ではない。 温暖化議論を傍観していて「漠然とした不自然さ」を感じるのは、このような理由によるものである。

竹田恒泰
(転載禁止)