「テロルの決算」から見えるもの

テロリズムが頻発している。連日新聞を賑わすテロは、最早世界の日常になった。ブッシュ大統領のみならず小泉首相も「テロとの戦い」、「テロには屈しない」といったフレーズをよく口にするようになり、テロ=悪という構造が広く観念されるようになった。

マスコミがテロを伝える時、いつどこでどのようなテロが発生し、何人の死傷者が出たかなど、表面的な事実しか伝えられない。テロを実行して自らの命を落とした、その実行犯たちの心の中を決して覗こうとはせず、真実が伝えられることはない。

そのような世の中であるからこそ、沢木耕太郎「テロルの決算」(文藝春秋刊)から見えるものが今大きな意味を持つ。「人間機関車と呼ばれ、演説百姓とも囃(はや)されたひとりの政治家が、一本の短刀によってその命を奪われた。」と書き始められた「テロルの決算」は、昭和三十五年十月十二日に日比谷公会堂で演説をしていた社会党委員長浅沼稲次郎を十七歳の青年山口二矢(おとや)が刺殺した事件を描くノンフィクション作品である。

事件の後世間は、二矢が僅か十七歳であり、しかも犯行が余りに巧みであったことなどから「二矢は誰かに使嗾(しそう)されたのだ」と看做した。しかし沢木は、二矢は自立したテロリストであったと断言する。もしそうで無かったならば、刺殺された浅沼は、「狂犬に噛まれて死んだ、ただ運の悪い人というだけの存在になってしまう。」のであり、「自立したテロリストに命を狙われたという事実にこそ、社会主義者浅沼稲次郎の栄光は存在し、(略)まさにその理由にこそ浅沼稲次郎の生涯のドラマが存在したはずなのだ。」と指摘している。

そして「テロルの決算」は、交互に浅沼と二矢の人生を辿り、日比谷公会堂演壇に至るまでの運命的な物語を展開する。二矢は愛国党を脱退した後、一人でこのテロを決意し、準備し、そして実行したのであり、二矢は誰から指示されることも無く、誰の助けを得ることも無かった。

二矢の覚悟は、少年鑑別所で自らの命を絶ったことから伺い知ることができるが、二矢の本当の覚悟は「二矢伝説」に凝縮している。この伝説は、二矢が浅沼を二突きしてもう一突きしようと構えた時、大勢に取り押さえられ、一人の刑事が短刀の刃を素手で握った瞬間の出来事である。自決を決心していた二矢は、その時力を込めて短刀を引けば、自決できなくも無かったが、その場合は刑事の手はバラバラになることは明確であった。二矢は静かに短刀から手を離したという。

現場で自決するより、数日経って自決する方が大きな覚悟を要する。短刀から手を離した二矢は、この場で死ななくても、いつでも死ぬ覚悟を既に決めていたことになる。

自らの命を絶って遂行するテロは、到底誰かに嗾されてできるものではないはずだ。そこには、自分の命よりも価値のあるものを見出した人間の凄さが存在する。テロリストの心を知らずに、テロについて語ることはできない。いま「テロルの決算」読み返してみたらいかがであろうか。

竹田恒泰
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