横浜市長選挙についての報告

平成14年2月15日、横浜市政記者クラブにて、3月31日投開票の横浜市長選挙に私が立候補する旨の記者会見を開きました。



その後選挙に向けて準備を進め、街頭演説や街宣車での街宣活動も続けてまいりました。 この選挙は与野党相乗りで四選を目指す高秀氏と、多選を阻止すべく立ち上がった他の候補者との戦いになり、高秀氏が四選を果たせるかどうかが注目される選挙でありました。 私が立候補を表明した後に当時衆議院議員であった中田氏が同じく立候補を表明し、その頃からすでに組織ぐるみの選挙をする高秀氏が絶対的に有利であると見られていました。 その後情勢を眺めておりましたが、多選を阻止するためには候補者を一本化するしか道はないと私自身が判断するに至りました。 私を含め五名が立候補を表明しておりましたが、共産党推薦の松川氏は、共産党であるがゆえに15万票前後は得票するもそれ以上の得票は困難と見られ、また元市職員で28歳の稲垣氏も泡沫候補と見られており、高秀、中田、竹田の三者の戦いになると考えられました。

当時、高秀陣営は勝利間違いなしと噂され、着実に票を固めに入っていたため、高秀氏に挑むに当たって二人の候補で票を食い合っては、高秀氏に漁夫の利を与えることになると判断し、私は場合によっては立候補取り止めもあり得ると考えていました。 3月9日に中田氏と初めて面会し、3日間二人で議論を交わした結果、私の方から立候補を取りやめる旨を宣し、3月13日に横浜市政クラブで中田氏と共同で記者会見を開き、その旨を記者に発表するに至りました。 中田氏と私は最終的に目指しているものが同じで、共通する政策が多く、人格的にも信頼を置けると判断したため、市政に関する政策を中田氏に託すことに決めたわけです。 私が立候補を取りやめたことで、四選、与野党相乗りで組織ぐるみの選挙をする高秀陣営と、多選反対で団体からの推薦を受けずに市民の支援による手作りの選挙をする中田陣営の二つの軸が出来上がり、分かりやすい構造になったわけです。 その後私は中田陣営に加わり、応援に入りました。

街頭で私自身がマイクを握る他、スタッフを動員してビラまきに徹しました。 中田氏に託したからには彼に勝ってもらわないと意味がないと思っていました。 投票日1週間前の調査によると10ポイント高秀氏にリードされていたのですが、投票日の出口調査では中田氏優勢のニュースが伝わってきました。 私たちは投票日の夜中田事務所で開票結果を固唾をのんで見守っていたのですが、接戦の末僅か2万票の差で中田氏が当選。 皆で大喜びして方を叩き合った感動的な夜でした。 今後、中田市長の市政を見守っていきたいと考えています。

今回の選挙は僕にとって始めての選挙で、分からないことだらけで始め戸惑いましたが、記者会見、街頭演説、街宣車での演説、ポスティング等々、一通りを経験させてもらいました。 しかも340万の人口を抱える大選挙区での経験は大変貴重な経験であります。 私を支えてくれたスタッフの方々、ボランティアで参加して下さった方々、そして、私に期待を寄せてくださった横浜市民の皆さんに感謝申し上げます。