タクシーの達人-中国編-


四川省 重慶にて

中国では色々な種類のタクシーがあって街ごとに特色があるので面白い。
小さな町を除いて大抵は普通のタクシーが走っている。
赤い色をしている場合が多く、これも街によって様々。
最近は日本の中古車が多くなってきており、ヨーロッパ車なども時々走っているが、ほとんどが中国のボロボロの車である。
最早クラシックカーと呼んでいい車も走っているから嬉しくなっちゃう。
初乗りはどこでも大体十元前後。
でも中国でタクシーを利用する場合は常にボラれる覚悟でいることが大切なのである。
ちょっとした油断がきっかけではめられてしまうのだ。
大都市であればあるほど運転手の性質が悪く、特に上海などはひどかった。
普通日本や欧米では一流ホテルでタクシーに乗れば白タクであることはないし安全に利用できるというものだが、中国では正反対。
いいホテルほどお金を持った外国人がいるというわけで、特にあくどいドライバーが続々と集まってくるという変なことになっている。
だから一流のホテルからは絶対に乗ってはいけないというのが最低限の原則。
初乗りで二倍から三倍ということもある。
料金メーターはついてはいるのだがわざと物を置いて見えないようにしてあったりする。
そのような時は直ぐに車をとめて文句を言わないと、目的地に着いてから法外な金額を請求されることになる。
そうなると後味が悪くて、暗い一日になってしまう。
そして次に絶対にしてはならない行為は、料金を聞くこと。
これには二つの意味がある。
始めに、メーターに料金が表示されているにもかかわらず料金をたずねると、それよりもかなり高額を請求されてしまう。
上海でそういうのが多かったのだが、メーターには十五元とあるのに二十五元請求してきたりする。
一度金額を口に出させてしまうと絶対にそれを取り消さない。
荷物があるとかいって強引に取り立てる。
だからメーターに表示されている金額を放り込んでやればまずは問題ない。
また、ある程度の長距離になるとメーターを使わないからドライバーとの料金交渉が必要になってくる。
この時にこちらから妥当な金額を提示する事が重要。
ここで金額を尋ねてしまうととんでもない料金をいってきたりする。
だから長距離の場合は前もってだいたいの相場をホテルで調べておけばよい。
例えば、
「空港まで二十元で行ってくれるか?」
と切り出せば後になってトラブルにならずに済む。
これはタクシーに限った事ではないが、事が終わった後に料金を聞いて、ボラれないことは先ずないといっていい。
メーターを使わずに走る場合は事前に料金交渉がされているべきだ。
ドライバーは常に一元でも多くせしめようと狙っているから、客とドライバーの真剣勝負であるといえる。
ああ、日本のタクシーの何て快適なことよ。
初乗り十元といえば百円ちょっとだが、現地の物価を考えると想像を越える高さである。
なにせ中国の物価は日本の数十分の一から下手すると百分の一なのだから。
だいたいバスを利用すれば市内なら一元あればどこへでも行ける。
タクシーはものすごい贅沢な乗り物なのだ。
タクシーに乗って嫌な思いをしたことは多いが、嫌なことばかりでもない。
重い荷物の出し入れをせっせと手伝ってくれた上に料金をまけてくれて、笑顔で見送ってくれた時には中国のタクシーも捨てたもんじゃないなと感激してしまった。



     タクシーは人力のみ 雲南省 大足にて


四川省の大足のような小さな町ではタクシーは長距離用に数台あるだけで市内の交通手段は三輪の自転車のみ。
後ろに一人か二人が座れるスペースがある。
成都では普通のタクシーの他にもこの三輪車がたくさんあって、ちょこっと乗る位だったらこちらの方が安いし景色が良く見えて楽しい。
雨が降ってくるとちゃんと屋根がでて来るからびっくりした。
幌つきなのだ。
でも、すごい空気抵抗を受けるようで見ているだけでも大変そう。
運転手さんは自らずぶ濡れで、しかも余計抵抗で重くなった車をせっせこ漕ぐ姿を後ろから見ていると申し訳なく思えてくる。
嫌なことにタクシーは行き先によっては載せてくれない。
成都で動物園に行こうと思ってタクシーに乗ろうとしたが、どの車を当たっても乗車拒否された。
そんな時に人力三輪車が役に立つ。



   サイドカーのタクシー 雲南省 麗江にて


雲南省の麗江では、タクシーといえばサイドカーの付いたバイクだけ。
所変わればタクシーも変わるのだ。
サイドカーは一人用のものと二人用のものがあって、ドライバーの後ろにも一人座れるから二人から三人乗れることになる。
周辺の観光をするのであればツアーに参加するよりもこのタクシーを貸し切りにした方がずっと快適。
玉龍雪山を眺めながらの小旅行。
視界を遮るものがないから気持ちいい。
この町でバイクタクシーに乗ると直ぐにガソリンスタンドに立ち寄って給油をするのだが、三時間の貸し切りで三リットルだけ入れていったのは印象的だった。
余分な在庫は持たないという徹底ぶり。
しかもその方が燃費がよいという計算だろうか。
その上、数件のガソリンスタンドを回って一番安い店を探すという気合の入れ具合である。
麗江からさらに北へ行ったところの中甸というチベット文化圏の町では、タクシーといえば全てジープ。
標高が三千三百メートルもある所で舗装道路もないから、周辺の移動にはジープが最適なのだ。
この町には地元で人気の女性タクシードライバーがいて、通りがかりにみんなが挨拶をしていく。
何てのどかな町なのだろう。微笑ましい光景だった。
彼女は革ジャンを着て、レースの手袋をしている。
この町でジープを運転しているという事は、東京で真っ赤なフェラーリを運転しているようなものだろう。
彼女は外国人である僕を相手に騙したりはしなかったし、極めて妥当な金額で話がまとまった。
タクシーを利用する時に女性ドライバーを見つけることは結構重要なポイント。
優しい場合が多いし、もしいざこざが起きても殴られたりする事がないから安心して利用できる。



 ジープのタクシー 雲南省 中甸にて


一度タクシーの事で喧嘩沙汰になったことがある。それは中甸での出来事であった。
この町には一軒のカフェがあって、僕と知り合った日本人二人と一緒に夕食を摂っていたとき、店に来ていた他の白人三人を誘って白水台というところに行こうということになった。
中甸から白水台まで百キロの山道を四時間かけて行くというかなりハードな道のりであり、六人でジープを貸し切ろうという話にまとまって、そこのカフェにジープを紹介してもらい、我々は翌日の朝に集まったのだった。
やがてジープの運ちゃんが現れ料金交渉が始まった。
はじめ彼は往復七百五十元といったが交渉の末、四百元ということで決着が着いた。
ジープはガタガタの道を進み白水台の手前の小さな村に着き、みんなで昼食を摂った後に出発の時間を決めて我々は運転手と別れて白水台を見に行った。
道は無いといわれていたのだが直ぐ近くまでちゃんと車の通れる道は存在している。
彼が近くまで車で送ってくれなかったお陰で我々は道に迷ってかなり歩かされた。
また、
「お前ら俺の土地に入ったな。通行料を三元よこせ!」
といわれてナイフを突きつけられたりといったハプニングが相次いだ。
六人の中に一人のハゲたオーストラリア人がいて、
「約束が違うから四百元を三百元にまけさせよう。」
と、いい出した。
普通我々日本人だったら一度交渉で決まった金額は覆したりはしないものだが、彼はあくまでも契約不履行を攻撃するという。
これは明らかに国民性の違いである。
しかもドライバーは約束の時間になっても現れず、三十分も遅れてやって来た。
オーストラリア人の勢いに油を注ぐようなものだ。彼は本気だ。
とにかく車が中甸に着くまでは何もいわないことにした。
後で百元の値下げを要求されることも知らないドライバーは上機嫌で歌を歌ったりしてルンルンだった。
四時間ジープに揺られて中甸に到着してから我々は事情を説明して三百元をドライバーに手渡した。
ところが彼は激怒して現金を地面に叩きつける。
そこでカフェのお姉さんがでてきて真中に立ったのだがその後も大もめになる。
中国語が多少話せるという関係で僕が彼と直接交渉をしなければならない羽目になった。
本当にいい迷惑だが仕方ない。
道があるにもかかわらず白水台の近くまで行かなかったお陰で我々はひどい目に遭った。
それに約束の時間に遅れたために長い間待たされた。
しかも我々が貸し切りをしているにもかかわらず自分の友人をジープに乗せて金を徴収した。
などと検察のようなことを告げて三百元で我慢するようにいったのだが、かれは益々火がついたように怒り出した。
とにかくカフェに入ろうということで全員中に入る。
その後我々は夕食を戴いて、しばし静かな時間が流れた。
その内にドライバーは四百元を請求。僕一人だったら喧嘩してまで安くさせるようなことは絶対にしない。
ただ欧米人のやり方に唖然としていた。
オーストラリアのハゲおやじは支払いを拒否。
ドライバーは僕の所に来て公安まで一緒についてくるように迫った。
なんと彼は白水台近くの村を出発する直前に酒を飲んでいたのだ。
「ちょっとお尋ねしますが…日本では飲酒運転は法律違反なんですが、中国ではどうなっているんですか?」
「法律違反に決まってるだろ、だからなんなんだよ!」
「あなたがさっき飲酒運転をしていたことを私達はちゃんと知ってるんです。もし公安に出向くのであれば、我々はその事実を公安に報告しなければならないことになりますが、それでも公安に行きますか?」
と告げたら彼の怒りは頂点に達した。
飲酒運転がバレたらただの免停では済まない。
「ウッセーなこの野郎、だから何だってんだよ、おい、おまえ、え!」(もちろん中国語)
そこに例のハゲおやじが淡々と英語で今日の出来事を話して聞かせたものだから、ドライバーはおやじの所に行って「殴るぞ! いいか! OK?」(かなりダサい言い方でおかしかった。)
と言い捨てて構えて見せる。
そこで店の人達が彼を取り押さえる。
その中にいてハゲおやじは動揺一つ見せなかった。
彼の度胸はたいしたもの。近くで見ていて感心した。
店の人達によって三百五十元でどうかという話が持ち出され、またもめた末にようやく和解。
といっても彼の顔から怒りの色は冷めていない。
僕等日本人は
「僅かな金だから払ってもいいじゃないか。」
と思っていたのだが、何もいわずに観察していた。
六人の中にドイツ人がいて、彼は約束通り支払おうと主張し続けたのだった。
やっぱり日本人とドイツ人は思考回路が似ているのだろうか。
このことを初めて実感した。
オーストラリア人はかなりシビアである。
ドイツ人の主張を頭から跳ね除け、
「運転手は約束を守らなかったのだから、我々は約束の金を払う必要は無い。」
と強気にでる。
どっちが良いとか悪いとかいう問題ではなしに、我々日本人に一番欠けているのってこういうことなんじゃないかなって考えさせられた。
常に相手との調和を気にしながら生きていくのって一見大切そうに思えても実はすごく不自然なことなのかも知れない。
よくアメリカ人の訴訟好き、日本人の訴訟嫌いというふうにいわれるけれども、彼等は相手を傷つける云々の前に、先ず自分の正当な権利を主張する。
勝ったら勝った、負けたら負けた、それだけのことなのだ。
ハゲおやじの話によると、彼の国ではこういった口論の後には笑顔で握手して別れるそうだ。
その後、彼はドライバーのことを「友達」と呼んでいた。
合理的である。
こういうように色々な国の人達の間にいると色々な面白い面が見えてくる。
国が変われば人々の考えることも大きく違う。
中国人、日本人、ドイツ人、オーストラリア人、アメリカ人が一同に会した騒ぎだった。


平成7年6月
竹田恒泰