勘違いの飛行機-中国編-


雲南省 西双版納 景洪着陸前

中国のことだから旧ソ連製のツポレフとかアントノフとかイリューシンなんていう普段あまりお目に掛かれない飛行機ばっかり使っているのかと思って期待していたのであるが、アメリカ製のボーイングがほとんどでちょっと期待外れだった。
ソ連邦が崩壊した上に、改革開放政策で事実上体制が大きく変動して、欧米諸国に近づいている事の証ではないだろうか。
街中にも日本の製品がたくさんあるし、テレビコマーシャルでも日本のお馴染みの製品が登場している。
飛行機の券を買う場合は、自分で航空会社の窓口に出向くのが基本となる。
というのは、旅行会社に頼むと高額な手数料を請求される上に、取れる券も取れなかったりするので、自分で直接買いに行った方が安いし確実だ。
飛行機が発着する街には必ず航空会社の窓口があって、いつも混雑している。
窓口といっても日本のように快適なわけではなく、親切に対応してくれるわけでもない。
やはりここでも人民と一緒になって押し合いへし合いをしなくてはならない。
しかも必ず二時間か三時間の昼休みを取る上に、終了する四十五分前には
「もう遅いから出直せ!」
と言われる。だから窓口が開く十五分前には並んで、自分の位置を確保しておかなくては永遠と待たされることになる。
券を手に入れるのも戦いなのだ。
そもそも中国人は列を作って並ぶということをなかなかしない人達であるから、カウンターの前にズラリ横に並ぶわけだ。
譲り合いの心を持ち合わせている人が一人もいないし、強引に割り込んでくるやつもいて、秩序が存在しない。
航空券を手に入れたら一安心。時間に遅れたり、欠航しない限り飛行機には乗れる。
でも時期によっては何日も飛行機が飛ばない何ていう場合があるから恐ろしい。
中国にも空港使用料があって、国内線だとだいたい四十五元くらい取られることが多い。
これは日本円で約五百円に相当する額であるけれども、物価の格差を考えるとかなりの額になる。
だって中国では安い宿なら四十五元で十泊近く滞在できるのだから。
日本の空港使用料が高いと世界中でいわれているけれども、意外とそうでもないのかもしれない。
中国の国内線は基本的に料金が安いのだが、それでも人民にとっては気が遠くなるほど高価なもの。例えば成都から昆明まで鉄道を利用した場合は五十元位で済むが、飛行機だと六百元位かかる。
だから飛行機に乗れるような中国人は中でも相当に裕福な人達ということになる。待合室などで観察していると、街中に比べていい服を着ている人が多く、女性はずっとファッショナブルである。
彼らにとっても飛行機に乗るということは大変な事らしく、そうしょっちゅう乗るわけにもいかないようだ。
人生の一大イベントということになる。
待合室ではみんな窓の外に見える飛行機に釘付けになっているし、離着陸の音が聞こえる度に奥から窓際までゾロゾロと見物にやってくる。
中国人も意外とかわいい所がある。
乗客が飛行機に搭乗している時、乗務員が座席でくつろいでお茶を飲んでいることが多い。当然といえば当然だが
「いらっしゃいませ」
の一言はない。
それどころか、お客が申し訳なさそうに。
「おくつろぎ中、失礼します。」
といったところだ。
普通座席の前ポケットに「安全のしおり」とか称する、緊急時の安全の手引きがあるが、中国の飛行機にもちゃんと備え付けられている。
日本だったらわざわざそういうものをじっくりと読んでいるのは、初めて飛行機に乗る人位だが、中国ではみんながそれを熟読しているから笑っちゃう。
よっぽど新鮮な刺激であったに違いない。
しおりもしおりとして生まれてきた甲斐があるというものだ。
中国のしおりと比べると、日本のしおりが余りにかわいそうである。
ビデオを使った同じような内容の案内にもみんな真剣に見入っている。
ビデオがない機種では乗務員が救命胴衣や酸素マスクの使い方などを実演して見せるわけだが、これほど注目されると乗務員もやり甲斐があるというものだ。
少なくとも日本なんかじゃ誰も真剣に見てくれないからやっていて空しくなってきちゃうんじゃないかな。
もっとも近年日本ではビデオが主流で、スチュワーデスが実演することは滅多になくなってしまったけど。
シートベルトの着脱方法について説明するとみんなカチャカチャ音を立てながら試してくれるから、乗務員はたまらなく嬉しいだろう。
スター気分だ。当の本人はつまらなそうにやってるけど。
お客さんが全員子供のようで楽しい。

日本の飛行機ではイヤホンで音楽を聞けるようになっているけど、中国の飛行機はそんな便利なものはついていない。
その代わり親切にもスピーカーから大音量で音楽を流してくれるのだが、そのお陰で機内は騒然となる。
流れる音楽は中国の最近のポップスで、そのボリュームが極端に大きくて、長い間乗っていると耳がへんになりそうな程である。
あるフライトで僕の隣に座ったおやじなんかはスプライトで酔っ払って、立て続けに流れてくるポップスをことごとく歌いこなしていった。
日本にこんなおやじがいたら寒気がするほど恐ろしいが、中国ではみんなそうなのだ。
彼の歌は時間とともに力が入り、熱唱し始める。
何ヶ所かにこんなおやじがいて、遠くからも歌声が聞こえてくるのだが、そのうちにみんな加わって飛行機全体で大合唱になってしまった。
「こっ、この人達って一体……」
確かにいま中国ではカラオケが大人気で、猫も杓子もカラオケに通い詰めているのであるが、ここまで大胆だと歌ってない僕が逆に変に見えてくる。
最早何が普通なのかわからない。
彼らはあまりに自然なのだ。

中国で飛行機を利用するに当たって一番気になるのがその安全性だ。
欧米諸国や日本ですら飛行機の墜落事故が後を絶たないのに、こんないいかげんな国でちゃんと飛行機が飛ぶのだろうかということだ。
雲南省の景洪空港での出来事。
僕は飛行機に乗るべく待合室で待っていたのだが、出発時間が近づいても空港には一機の飛行機もいない。
その割には遅れるというアナウンスもなかった。
ところが出発時間直前になって一機のボーイング機が着陸。
乗っていた乗客は直ぐに降ろされ、その次の瞬間には我々が乗せられた。そしてあれよあれよという間に飛行機は定刻どおり離陸。
着陸から離陸まで要した時間は僅か十分足らず。
ヘリコプターじゃないんだっていうんだよ。
これほどの大型機を十分で折返し運転させるのは狂気の沙汰としかいいようがない。
一体整備点検はどうなっているのか。
整備士と呼べないような服を着た若い男がペンライトでエンジンの片方をちょこっと覗いただけ。
だったら何もしないほうがまだマシ。
中国で航空機事故が多いはずだよ。
今中国が必死になって原子力発電所を建設しているが、本当に先が思い遣られるよまったく。
ちなみに事故が起こったら偏西風に乗っかってみんな日本に来ちゃうんだから、洒落になってない。
本当に不安になった。


平成7年6月
竹田恒泰