本物の四川料理-中国編-


「陳麻婆豆腐」 四川省成都


陳麻婆豆腐の「麻婆豆腐」

四川料理といえば「麻婆豆腐」が有名であるが、成都に行けば麻婆豆腐の本店で本物の「麻婆豆腐」を食べることができる。
その昔、陳という名前のおばあさんが考案した料理であり、正確には「陳麻婆豆腐」という。
成都には陳さんのお店が今も尚続いていて、何か不思議な感じがするのであった。
陳麻婆豆腐店は思ったよりも大きく立派な店構えで、成都には陳さんの歴史を説明している案内がある。
豆腐料理以外にも様様なメニューが用意されていて目移りしてしまうのだが、ここに来て「麻婆豆腐」を食べない手はない。
大きい皿と小さい皿があって、それぞれ五元と三元。せっかくだからと思って大きい方の皿にした。
日本円で五十円位のものだ。
ところが、とんでもなく大きい皿が出てきてかなりめげた。
五人前くらい。
それ以外にも青菜のスープとおこげの料理を頼んだ。
本場の「麻婆豆腐」は日本のそれとは全くといっていいほど違う。
黒ずむほどに赤いのだ。
赤唐辛子をふんだんに使っていて、山椒も惜しげもなく盛られている。
あまりにも多い山椒のために舌はピリピリして麻痺状態。
そこに唐辛子攻撃を浴びせられるものだから凄まじいことになる。
これほどまでに辛く作られた「麻婆豆腐」は日本ではちょっとお目に掛かれない。
でもそのなかで豆腐の一際みずみずしいことこの上ない。
「これが全世界で食べられているあの麻婆豆腐の本家本元の味なのか。」
と一人で感動の嵐に包まれていた。
四川料理は辛いものばかりだと頭から信じ込んでいたが、実際には甘い料理もそれなりに多いということが分かった。
ご飯のおこげの料理は、かなり甘い餡をかけて食べるし、砂糖で炒めた料理も多い。
ウサギを砂糖と一緒に炒めた料理を食べたことがあるが、熱いうちはおいしかったのだけれども冷めるとウサギ独特の臭みがでて食べられなかった。




「成都坦々面」 四川省成都

成都にはその他にも色々な「本店」がある。
「成都担担麺」もその一つ。
四川料理では点心の事を「小吃」(シャオチ)といい、四川の人は朝食や昼食に何種類かの小吃を食べて済ませることが多い。
担担麺も小吃の一つで、四川の人にこよなく愛されている。担担麺本店の担担麺は驚くほどおいしかった。
後も機会あるごとに中国各地で担担麺を食べてきたが、本店ほどうまいものには一度もありつけなかった。
さすが本店を名乗るだけのことはある。
小さ目のお椀に、湯がいた手打ちの麺を入れ、真っ赤で高温の唐辛子油をジュッとかけて、少量の挽肉を盛る。
そのシンプルさが良いのだ。かなり辛いが、慣れるとそれがたまらなくなる。
バランス感覚が絶妙。
下手に具を入れてみたり、余計な味付けをしてみたりするとおいしくなくなる。
中国の高級ホテルにあるレストランではことごとくまずかった。
僕はその担担麺を気に入ってしまい、毎日通い続けた。
「朝からこんなに辛いものを食べて大丈夫かなぁ」
と思ったが、何せここは四川省。みんな朝から辛いものを食べている。
担担麺は、一杯1元(約十三円)。


「鐘水餃」 四川省成都

成都には水餃子の本店もある。「鐘水餃」という名前のお店。
鐘さんの水餃子が一番おいしかった事からこの店が有名になっている。
水餃子にも二種類あって、我々が想像するような辛くない水餃子もあるのだが、一番ポピュラーなのは「紅油水餃」という真っ赤な唐辛子汁が入っている極めて辛いものである。
どちらも一杯一元ほど。
この店の水餃子は最高!
日本ではこれほどの水餃子はない。
辛さも慣れれば癖になる。
この二件の店は距離的に近い。
僕は毎朝「鐘水餃」で「紅油水餃」を二杯平らげて、すぐ近くにある「成都担担麺」で「担担麺」を二杯流し込むという生活をしていた。


「火鍋」 四川省大足にて

四川料理に「火鍋」(フォグゥオ)という代表的な料理があって、僕は大足という町でこれに挑戦した。
町中の食堂に入り、僕は一人で大きなテープルに着いて「火鍋」を食べたいと告げた。
しばらくすると大きな鍋が運ばれてくる。その鍋は真っ赤な汁で満たされていて、見ているだけで舌がヒリヒリしてくるほど辛そうである。
具のリストが手渡され、どの具にするかを一つ一つ選んで注文する方式になっている。
六十種類の具から、何種類かの野菜と豚肉、そして鳩を注文した。
鍋を煮立たせてすべての具を入れてしまう。
そしてコトコトと似ながら食べていくわけだが、お玉で掻き回すと抱えるほどの唐辛子が姿を見せ、一匹丸々入れられた鳩の首が現れてそのたびにビクッとする。
火の通った具は油につけて食べる。
でもこの辛さときたら半端なものではない。
これほど辛い料理は今まで生まれて以来経験したことがなかった。
それもその筈、日本でこんなに辛くしたら誰も食べられない。
だから日本にある筈もないのである。
舌がヒリヒリして呼吸が乱れて汗をかいて、という程度の辛さならば日本でも大いに経験できるのだが、この「火鍋」はそんな生易しいものではなかった。
少し食べると箸を持っている手に震えがくるし、絶えず息切れがして頭痛がしてくる。辛いものを食べてこのような経験をした人がいるだろうか。
でもこんなに悪戦苦闘している僕をよそに地元の人達はうっすらと汗を浮かべる程度で澄ました顔で食べているからすごい。
しかも午前中から「火鍋」を食べている人たちがいる。
ま、それも個人の自由ではあるが、習慣って恐ろしいんだなと思った。
辛いものには強い筈の僕も、さすがに「火鍋」を前にして怯んだが、気合で一人前を食べ終えた。
辛いと思って水分を摂るとそれは逆効果になる。
感覚を失いつつある舌を蘇らせてしまうのだ。
一気に食べ下してしまわなければならない。
それでもかなりの時間がかかる。
具は最初の段階で全て鍋に入れられてしまっているので、時間が経てば経つほど煮詰まって辛さを増してゆく。
終盤では殺人的な辛さになっていた。
なるほどこれが「火の鍋」であった。
その後僕は食堂を後にして宿へ戻ったのであるが、「火鍋」はこれで話が終わるほど単純なものではなかったのだ。
翌日目覚めて何か感じが変だった。
僕の胃腸はあまりの辛さに絶えられなかったのだろうか。
いずれにしても辛さが故に胃腸の調子が悪くなるのは初めてだった。
トイレに行って悲劇が始まった。
多少緩めの便であり、排便と同時に猛烈に肛門に激痛が走った。
何が起こったのか理解できないでいたが、結局は赤唐辛子が消化されないまま排便されたために、口の周りがヒリヒリするのと同じ原理で肛門が痛んだのである。
ただ痛んだといっても、便中に含まれる赤唐辛子の量はかなり多くそれは拷問に近かった。
ゆがんだ顔が元に戻らない。
僕はトイレの中、一人で赤唐辛子と戦っていた。
恐る恐る便器を覗けば赤唐辛子のオンパレード。
「ああ、昨日無理してあんなに辛いものを食べるんじゃなかった。」
と後悔しても後の祭り。
でも夕方になると「火鍋」の辛さが恋しくなってもう一度食べたくなるから不思議である。
この日以来僕の辛いものに対する体質は変化したらしく、辛い四川料理を平気で食べられるようになった。
その内、同じ辛さの中にも様々な風味を感じることができるようにもなった。
この「火鍋」を食べずして四川料理は語れない。
四川に来たならば一度は試してみたい一品であった。


平成7年6月
竹田恒泰